秋葉原の事件から、ぼーと考えている。
まずは今回の犠牲者の方に謹んでお悔やみを申し上げたい。


今回の事件が浮き彫りにしたのは、日本社会の歪んだ構造である。
事件を引き起こしたのは、特別な変質者でも狂人でもない。K容疑者のような青年は潜在的に多く存在する可能性がある。

日本の企業は、単なる営利団体ではなく、地域社会や学校から終身雇用を前提とした雇用慣行によって共同体としての役割を包含していたことはあらためて言うまでも無い。
株主主権主義の台頭によって、雇用の意味するものが、共同体への参加ではなく、労働の提供に比重を移しつつある。

これがグローバル競争を行う上で回避できないことであるのならば、地域社会をはじめとした共同体を再構築する必要があるのは言うまでも無い。

しかし、人々が触れあうことは、都市化と消費者サービスのチェーン化によって加速している。
スーパーマーケット、コンビニエンスストアは勿論のこと、ファーストフードの台頭、あるいは定食屋に至るまでがフランチャイズ化しており、個人商店が壊滅してしまっている。
競争に敗れた商店(=個人)は、流通の近代化の流れの中でまた、大資本の中の労働力に組み入れられてゆく。

昭和30年代、40年代に戻ることはもはや出来ない中で、一体何が処方箋になるのか?
そんなことをこの3日間考えているが答えが出てこない。

月並みだけど、今日からできることは、兎に角、声を出すことだ。
「おはようございます」、「こんにちは」、「お疲れ様」、「今晩は」、「どうも」、「おおきに」、「すいません」、「ごめんなさい」。

職場の同僚に、共同住宅の住人に、エレベーターに乗り合わせた人に、電車の中で、カフェで隣り合わせた人に・・・・たとえ返事がなかったとしても、まずは自分から声を出そう。